内ケ島

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内ケ島は、小山川の右岸位置し、南を東西に国道17号バイパスが横切り、南北に県道伊勢崎・深谷線が縦断している地域である<ref>『深谷の地名』(柴崎伊勢三・安部利平著、深谷郷土文化保存会、平成7年)</ref>。
地名の由来は、利根川の氾濫によって形成された島状の微高地であったことによるとされている<ref>『深谷の地名』(柴崎伊勢三・安部利平著、深谷郷土文化保存会、平成7年)</ref>。
地内の永光寺付近は内ケ島館跡があったところたされる。

場所

深谷市内ケ島

歴史

榛沢郡深谷領のうち、古くは大寄郷藤田荘に属していた。
天正18年(1590)、幕府領
元禄11年(1698)、277石余が旗本堀数馬に、75余石が大岡忠四郎の相給地になった。
明治9年 埼玉県に属す。 明治22年 大寄村の大字になる。 昭和2年 一部が八基村に編入 昭和30年 深谷市の大字になった。

脚注

<references/>