上杉憲光

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上杉憲光(うえすぎのりみつ)は、上杉憲英の長男。深谷上杉氏の2代目で、庁鼻和城主。兵部大輔、父の憲英とともに奥州管領を勤める。
応永23年(1416)の上杉禅秀の乱(前関東管領である上杉氏憲(禅秀)が鎌倉公方の足利持氏に対して起した反乱)で、憲光・憲長父子は鎌倉公方足利持氏に属して活躍したが、討ち死にした。

墓は、国済寺にある上杉憲英の墓側に現存する。ただし宝篋印塔の基礎のみである。