中山道

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概要[編集]

中山道(なかせんどう)は江戸五街道(東海道・中山道・甲州道中・日光道中・奥州道中)のひとつで、日本橋を起点とし本州中部の内陸を経由し、京都へと至る道である。 [中山道 Wikipedia]

表記について[編集]

「なかせんどう」の漢字表記には、「中山道」「中仙道」「仲山道」「仲仙道」などがあり、江戸幕府(道中奉行)が、1716年(正徳6年)に「中山道」に統一するよう通達した。


――「五幾七道之中に東山道、山陰道、山陽道いづれも山の道をセンとよみ申候。 東山道の内の中筋の道に候故に、古来より中山道と申事に候」(正徳六年四月触書)


つまり、読み方は「ナカセンドウ」で、漢字は「中山道」とする、というお達しである。ただ、こうしたお達しも徹底せず、現代でも統一されていない。

中山道の呼称の由来についてもうひとつ史料がある。 先に触れた『正徳六年四月触書』と同じ年に出された『駅肝録』がそれである(『深谷市史』)。
  一 東海道   海端を通り候に付海道と可申候
  一 中山道   只今迄ハ仙之字書候得とも、向後山之字書可申事
  一 奥州道中  是は海端を通り不申候間海道トハ申間敷候
  一 日光道中  右同断
  一 甲州道中  日光道中同断
 右之通向後可相心得旨(正徳六)申四月十四日河内守殿より松平石見守、伊勢守江被御渡候
「東海道」というのは、東の海のハタを通る道だから「東海道」とし、それに対して「中山道」は日本の中央を通る山道であるから「中山道」と書くのだとしている。

中山道の歴史[編集]

五街道の一つである中山道は、古代の東山道が基本となっている。
徳川政権は、江戸中心の道路網を全国的なものに発展させ、慶長6年(1601)には東海道に伝馬制を実施、翌年には中山道にも宿駅を設定した。 江戸を起点とする主要な陸上交通路として、五街道の整備を進め、慶長9年(1604年)には、江戸日本橋を起点として、各街道に一里塚を築かせた。 街道整備のため、幕府は万治2年(1659)に道中奉行を設置し、街道改修・整備、架橋、渡船、並木、一里塚、宿駅および人馬賃銭などの管理にあたらせるとともに、諸街道には関所を設け、人改め等を行った。 これらの制度は、本来は公用旅行者・御用荷物を優先させるための制度であったが、街道が整備されることにより、庶民の旅行も安楽となり、物資の流通・通信の発展、さらには文化の伝藩にとっても大きな役割を果たした。

中山道は東海道に比べ距離も長く、さらに木曽路をはじめとする山道や峠道が多く、人馬の往来や継立が困難であったため、参勤交代の利用は、東海道に比べて少なかったが、信濃地方の大名や、北陸の加賀、富山、越後の諸大名や、諸大名の息女たちの旅行などに利用されたという。なかでも皇女和宮の将軍家お輿入れは有名である。

中山道の並木[編集]

記録には、寛政13年(1800)に深谷並木の延長は1406間とある。また、文政5年(1822)に中山道に松並木植える。

中山道並木(『埼玉県名勝史跡写真帳』昭和3年発行 柳瀬氏提供) 昭和25年から昭和30年頃の中山道の並木(小林徳太郎氏撮影 押川航武氏提供)
左:『埼玉県名勝史跡写真帳』昭和3年発行 柳瀬氏提供

右:昭和25年から昭和30年頃の中山道の並木(小林徳太郎氏撮影 押川航武氏提供)

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中山道の宿場[編集]

日本橋

  1. 板橋宿
  2. 蕨宿
  3. 浦和宿
  4. 大宮宿
  5. 上尾宿
  6. 桶川宿
  7. 鴻巣宿
  8. 熊谷宿
  9. 深谷宿
  10. 本庄宿
  11. 新町宿
  12. 倉賀野宿
  13. 高崎宿
  14. 板鼻宿
  15. 安中宿
  16. 松井田宿
  17. 坂本宿
  18. 軽井沢宿
  19. 沓掛宿
  20. 追分宿
  21. 小田井宿
  22. 岩村田宿
  23. 塩名田宿
  24. 八幡宿
  25. 望月宿
  26. 芦田宿
  27. 長久保宿
  28. 和田宿
  29. 下の諏訪宿
  30. 塩尻宿
  31. 洗馬宿
  32. 本山宿
  33. 贄川宿
  34. 奈良井宿
  35. 薮原宿
  36. 宮越宿
  37. 福島宿
  38. 上ヶ松宿
  39. 須原宿
  40. 野尻宿
  41. 三富野宿
  42. 妻籠宿
  43. 馬籠宿
  44. 落合
  45. 中津川
  46. 大井
  47. 大久手
  48. 細久手
  49. 御嶽
  50. 伏見
  51. 太田
  52. 鵠沼
  53. 加納
  54. 合渡(河渡)こうど
  55. 美江寺
  56. 赤坂
  57. 垂井
  58. 関ヶ原
  59. 今須
  60. 柏原
  61. 醒ヶ井
  62. 番場
  63. 鳥井本
  64. 高宮
  65. 越知川
  66. 武佐
  67. 守山
  68. 草津
  69. 大津


中山道周辺の史跡・建造物[編集]

  1. 見返りの松
  2. 常夜灯(東)
  3. 遊歩道(旧日本煉瓦製造専用鉄道線路跡)
  4. 大谷邸(登録文化財)
  5. 東源寺(俳人菊図坊素英供養塚)
  6. 安部邸(初代深谷市長安部彦平翁宅)
  7. 疱瘡稲荷
  8. 行人橋
  9. 唐沢川(日英橋/平和橋)
  10. きん藤(明治天皇御小休跡)
  11. 塚本商店(赤煉瓦造り うだつ)
  12. 三高院(家康甥深谷城主松平康直の墓)
  13. 北川千代文学碑
  14. 高台院(上杉憲賢室高泰姫墓)
  15. 西運寺(深谷上杉氏宿老杉田因幡墓)
  16. 深谷小学校(旧深谷城跡碑)
  17. 深谷市役所
  18. 深谷駅
  19. 持田邸(旧岡部陣屋地方通用門)
  20. 瀧宮神社(春山長吉翁碑)
  21. 金彦旅館跡(俳人小林一茶ゆかりの宿)
  22. 正覚寺(日本女医2号生沢クノ先生墓)
  23. 藤橋酒造(赤煉瓦煙突)
  24. 小林商店(昭和2年モダン建築)
  25. 深谷れんがホール(旧柳瀬氏倉庫)
  26. 飯島邸(旧本陣遺構・和宮旧跡)
  27. 福島邸(赤レンガ倉庫)
  28. 田中藤左衛門酒造跡七ツ梅
  29. 伊勢殿神社
  30. 大円寺
  31. 坂本邸
  32. 滝澤酒造(赤煉瓦煙突)
  33. 呑龍院
  34. 常夜灯(西)
  35. 清心寺平忠度供養塔、千姫供養塔、秋蚕(しゅうさん、あきご)碑)

古写真[編集]

昭和25年~30年頃の中山道 足利銀行付近(小林徳太郎氏撮影 押川航武氏提供) 昭和25年~30年頃の深谷町(小林徳太郎氏撮影 押川航武氏提供) 昭和25年~30年頃の見返りの松(小林徳太郎氏撮影 押川航武氏提供)
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中山道を歩く[編集]

歴史散策マップ―中山道を歩く