井椋神社

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井椋(いむれ)神社は、深谷市(旧川本町)畠山にある畠山重忠ゆかりの神社。

所在地
埼玉県深谷市畠山942

由緒と沿革

 75代崇徳天皇の天治2年(1125)、畠山重忠の祖父の秩父権守重綱が、畠山村に移り住んだとき、秩父郡吉田郷芦田村の椋神社を勧請し、「井椋五所宮」と称した。もとは 字五所にあった。御神体は、椋神社より遷された石釼だという。
 また当所 字金鋳に金山神社あり。鋳物師が住んだ所という。
 明治41年、畠山重忠ゆかりの数社が合祀された。

鴬の瀬碑

:社地北西の荒川の瀬
「時しらぬ岸の小笹の鴬は  浅瀬たづねて鳴渡るらむ  重忠
 往昔 畠山重忠公、一日 家臣榛沢六郎成清の邸にあり、鎌倉幕府の急使の来るを聞き、将さに我が館に帰らんと路 荒川に到る。折から春水氾濫して浅深を弁ぜず。偶 啼鳥の飛で渡るを見る。重忠 請へらく、これ神祐なりと。馬を躍らしてその跡を追ひ、彼岸に達することを得たりといふ。これ鴬の瀬の起因なり。井椋神社菅後の渡口にして、曾つて川瀬の変りたること無しといふ」(大里郡神社誌)

畠山重忠公之墓

:井椋神社所有地、字八幡の畠山重忠公館跡にあり。
「五輪塔 六基あり。その一は重忠の墓にして、その他は家臣隷属の墓なり。傍に嘉元二年(1304)卯月九日の建造に係る追福の碑あり。また明治二三年、里人 重忠公の智勇兼備の徳を追慕し、相謀りて記念碑を建つ。所謂 畠山重忠の館跡と称するものこれなり。今なほ残塁を存す。大正一三年二月二五日、埼玉県より古蹟保存を指定せられたり」(大里郡神社誌)

祭神
猿田彦命、健甕槌命、経津主命、天児屋根命、比売神

社殿と工作物

祭礼

1月 1日
元旦祭
2月 3日
節分祭 (豆まき)
2月18日
祈年祭
4月 4日
勧学祭
4月15日
春祭 通称/春のお日待ち
4月15日近い日曜日
畠山重忠公墓前祭
10月15日
秋祭り 浦安舞
11月24日
新嘗祭 通称/勤労感謝祭
12月28日
大祓

主な境内神社

白籏八幡神社
祭神 三穂津姫命、天児屋根命、誉田別命。天喜年中(1053~58)、源頼義の奥州征伐のとき、その守護神である箱崎八幡宮を併せ祭り、白籏を献じて戦勝を祈り、社号を白籏八幡神社と改めたという。畠山重忠の舘跡の地に祀られていた八幡神社が合祀されている。