北川千代

提供: fukapedia
移動先: 案内検索

北川千代(きたがわちよ)は、大正から昭和期を代表する児童文学作家。明治27年(1894)~昭和40年(1965)

Kitagawachiyo.jpg

生い立ち[編集]

明治27年(1894)に、榛沢郡大寄村(現在の深谷市上敷免)の日本煉瓦製造工場内の社宅で生まれる。 父の北川俊は日本煉瓦製造工場の初代工場長で、千代は工場に暮らし、深谷で小学校時代を過ごした。
昭和39年(1964)、児童文化功労賞を受賞。
社会主義婦人団体の「赤瀾会(せきらんかい)」に参加するなど、女性の自立を求めて活動を始める他、娼妓解放支援などの社会運動に参加する中で、社会的矛盾を直視した作品を多く発表。 昭和40年10月14日に71歳で亡くなった。

文学[編集]

14歳頃から雑誌『少女世界』などに投稿。童話雑誌『赤い鳥』に「世界同盟」を発表し、児童文学者の鈴木三重吉に将来を期待され、以後心温まる作品を多く残した。
日本煉瓦製造工場や小山川の土手などを舞台とした「雪の日」「らっきょう」「汽車の婆の話」には、自叙伝としての深谷の思い出が描かれている。

記念碑[編集]

記念碑が、国道17号の深谷城址公園入口(深谷市本住町12)に建っている。

記念碑

北川千代賞[編集]

昭和44年(1969)、日本児童文学者協会が、北川千代の業績を記念して児童文学者の登竜門となる「北川千代賞」を設立した。

参考文献[編集]

  • 『北川千代文学全集(上)(下)』(講談社)
  • 『日本児童文学大系 22巻』(ほるぷ出版)
  • 『日本煉瓦100年史』(日本煉瓦製造株式会社社史編集委員会)ほか