坂本邸

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坂本邸は、中山道沿いにある、古い町屋建築でほとんどど手を加えられなく昔のまま残っている。
天保14年(1843)の『深谷宿家並絵図』に蒔屋・質屋、坂本屋幸吉と書かれている。 
この家に、水戸の天狗党の借金の証文が残されている。そこには、元治元年(1864)5月、川俣茂七郎(かわまたしげしちろう)と大幡外記(おおはたげき)という名前が書かれている。彼らは中瀬河岸場の旅館播磨屋に逗留し近辺のお金持ちに金を借りている。元治元年は幕府が滅びる3年前であり、その浪人たちが坂本質屋に来て100両出させた。尊王攘夷が実現したら必ず返すと書かれているが、天狗党は敦賀で殺された。
川俣茂七郎は中瀬に塾を開いていた桃井可堂の弟子である。

深次郎の中山道深谷宿の史跡めぐり

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