康正2年(1456)

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深谷の出来事

  • 正月、成氏再び岡部原に来迫、上杉氏よく防戦し成氏軍を破る。成氏方部将岩松次郎負傷敗走す(一云う正月廿二日卒)<ref>『深谷市史』(深谷市史編纂委員会編纂、深谷市役所発行、1969)</ref>。
  • 四代上杉房憲深谷城を築く<ref>『深谷市史』(深谷市史編纂委員会編纂、深谷市役所発行、1969)</ref>。
  • 10月17日、古河成氏は深谷城を攻めるべく烏山右京亮・高山因幡守を先陣にして二百余騎を差向ける。上杉氏その軍を岡部原に迎え大激戦展開す。上杉軍敗る。一方古河軍の将烏山右京亮戦死。後合戦両度にして成氏敗れ、足立郡に退却<ref>『深谷市史』(深谷市史編纂委員会編纂、深谷市役所発行、1969)</ref>。
  • この頃房憲、浅間山(仙元山)の麓に昌福寺建立。開山、漱恕全芳禅師。本尊釈迦。房憲法名「昌福寺殿的翁静端居士」<ref>『深谷市史』(深谷市史編纂委員会編纂、深谷市役所発行、1969)</ref>。
  • 房憲の子、憲清あとを継ぐ法名「喜雲寺殿丹海静盛」<ref>『深谷市史』(深谷市史編纂委員会編纂、深谷市役所発行、1969)</ref>。


出典

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