明戸

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明戸(あけと)は、福川の北方の地域で、地内を国道17号バイパスが東西に横切っている。

位置[編集]

深谷市明戸

地名の由来[編集]

  1. 元和元年(1615)の頃は「悪戸(あくと)村」と呼んだ。「悪戸」は上流から流出する土砂がたまった地の意味に由来する<ref>『深谷の地名』(柴崎伊勢三・安部利平著、深谷郷土文化保存会、平成7年)</ref>。
  2. 宝永元年(1704)に「阿久戸(あくと)」と改められた。
  3. 元文2年(1737)に「明戸」となった。あ

歴史[編集]

古墳時代の入枝(いりえだ)遺跡、明戸古墳遺跡、平安時代の本郷遺跡などがあり、古くから開発されていたことがわかる<ref>『深谷の地名』(柴崎伊勢三・安部利平著、深谷郷土文化保存会、平成7年)</ref>。
天正18年(1590)までは深谷上杉氏領。
深谷上杉氏滅亡後は、酒井讃岐守の領分や川越藩領になるなど数回領替えがあった。
明治29年に大里郡に、10カ村が合併し明戸村となった。 昭和30年、深谷市の大字になった。


脚注[編集]

<references/>