智形神社

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智形神社(ちかたじんじゃ)は、深谷市本住町にある神社である。深谷上杉氏の祈願社であった。富士浅間神社(ふじせんげんじんじゃ)ともいう。

名称[編集]

当社は、内陣に納めた享保6年(1721)の宗源宣司・同祝詞に「正一位智形大明神」とあるように、本来は智形神社であった。明細帳が、「明治十三年九月十三日、富士浅間神社ト改ム」と記すように、明治初年の混乱期に変更したものである<ref>『深谷市の神社と寺』(深谷上杉・郷土史研究会編 平成23年)</ref>。
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歴史[編集]

創建は不詳であるが、社記に「当社は、深谷城築造康正二年(1456)以前から当所の氏神として祀られ、血刀大明神と称えていた。下って、深谷城上杉氏時代には城の鎮守となり、以後、代々の城主に崇敬され、寛永年間(1624~44)酒井讃岐守城主の時、社殿を再建した」とある<ref>『深谷市の神社と寺』(深谷上杉・郷土史研究会編 平成23年)</ref>。

『新編武蔵風土記稿』の記述[編集]

「智形明神社 宝珠院持」とあるのみです。<ref>『新編武蔵風土記稿』</ref>

深谷城外濠跡[編集]

深谷城の遺構は現在ほとんど失われ、智形神社の社殿の周囲に深谷城の東側外濠跡がわずかに残っているのみである(深谷市指定史跡)。深谷城は、唐沢川、福川などに囲まれた低湿地に築かれた平城で、城の周囲は堀で複雑に囲まれていたと考えられている。
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加藤省吾顕彰碑[編集]

神社の入口の鳥居の横に「みかんの花咲く丘」の歌碑と、「加藤省吾顕彰碑」が建っている。
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深次郎の中山道深谷宿の史跡めぐり[編集]

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出典[編集]

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