深谷地震

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深谷地震(西埼玉地震)は、昭和6年(1931)9月21日午前11時20分3秒に埼玉県下をおそった地震。

震源地[編集]

現埼玉県大里郡寄居町付近を震源として発生した。

マグニチュード[編集]

6.9<ref>『理科年表』</ref>

原因[編集]

この地震は、深谷断層系の一部が活動して生じたものと考えられる。<ref>『1931 年西埼玉地震による災害-荒川扇状地周辺の被害状況とその要因-』</ref>

被害[編集]

深谷[編集]

深谷は関東大震災(1923 年)より被害が大きかった。<ref>『写真集 深谷市の昭和史』(深谷郷土文化研究会編、株式会社千秋社発行、1993)</ref> 深谷町における被害は以下の通り。

死者
5人
重軽傷者
30人
全壊の家屋
25軒
半壊
24軒
煙突倒壊
16軒

埼玉県内[編集]

死者
16 名
負傷者
146 名
家屋の全壊
206戸
半壊
286 戸<ref>『1931 年西埼玉地震による災害-荒川扇状地周辺の被害状況とその要因-』</ref>

深谷の被害状況[編集]

「旧富国館製糸工場の赤煉瓦造りの煙突が倒れ、その下で遊んでいた子どもが数人無残に即死、あるいは重傷を負った。この供養のため田所町呑龍院(どんりゅういん)内に四体の子守地蔵が祀(まつ)られてある。深谷小学校校庭などには罹災者が避難し、町は戦場のような騒ぎで、夜になると自警団まで出動して徹夜警戒をした。余震におびえる人々は消えた電灯の下にローソクをともしおろおろし、あるいは道路で夜を明かした者もあった。」<ref>『写真集 深谷市の昭和史』(深谷郷土文化研究会編、株式会社千秋社発行、1993)</ref>


参考文献[編集]

『1931 年西埼玉地震による災害-荒川扇状地周辺の被害状況とその要因-』

脚注[編集]

<references/>