深谷町

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深谷町の成立[編集]

深谷について、『新編武蔵風土記稿』に正保、元禄二度改めの国図に深谷町と記すとあり、深谷町と称していた。江戸後期に深谷宿と改め、明治になり8、9年頃まで深谷驛と称したとあるが、宿、驛等混用していたようにみられる<ref>『深谷市史』p774</ref>。

深谷宿から深谷町へ[編集]

深谷宿の町並は稲荷町、下町、仲町、横町、新田町などの小字から成り立っていたが、これに西島田谷東大沼西大沼萱場、曲田の六カ村並びに原郷村字西原、国済寺村字町端、字町裏の各一部を加えて、明治22年4月1日「深谷町」を形成し、旧深谷宿の地は大部分大字深谷とし、新たに合併した六カ村は村名を大字名とした<ref>『深谷市史』p774</ref>。

昭和25年~30年頃の深谷町の町並み 小林徳太郎氏撮影 押川航武氏提供
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出典[編集]

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