熊野大神社(内ケ島)

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所在地
埼玉県深谷市内ケ島1

由緒と沿革

 当社は醍醐天皇の建武元年(1334)、内ヶ島三郎忠綱(忠俊とも)という武将が、僧となって了慧と名のり、永光寺を創建したときに、紀伊の熊野三社大権現を勧請したものと伝える。永く永光寺の裏手(字西廓)に鎮座していたが、明治3年神仏分離により字熊野へ遷座された。しかしここは小山川や備前渠の洪水の被害の多い土地だったので、明治32年、さらに今の地へ遷祀された。字熊野のほか、字西廓の小字古熊野なる地名がある。末社の日枝神社に係るものとしては、字山王、字山王久保 がある。
 氏子は鴉を食せず、また捕獲もせず(からすは熊野の神使のため)、また黍を作らずといわれた。

祭神
伊弉冉命(いざなみのみこと) 速玉男命(はやたまのをのみこと) 事解男命(ことさかのをのみこと)

社殿と工作物

祭礼

1月 2日
元旦祭
4月 1日
春季大祭

:(末社)日枝神社,春祭

7月27日
夏祭 (神輿渡御)
11月 2日
秋季大祭

主な境内神社

日枝神社
(祭神)大山咋命