田谷

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田谷'(たや)は、深谷市役所の北側から福川を越えて深谷中学校に至る南北に細長い地域である。

位置

深谷市田谷


地名の由来

一説には、永禄3年(1560)、桶狭間の戦いで織田信長に今川義元が討たれ、今川に従軍していた三州の高橋右近がこの地に逃れて一村を拓き、そこが利根川氾濫原の低湿地の凹地(谷地)であったことから「田谷」と名付けたと『武蔵国郡村誌』にある<ref>『深谷の地名』(柴崎伊勢三・安部利平著、深谷郷土文化保存会、平成7年)</ref>。

歴史

往時は深谷城の外曲輪(そとぐるわ)で、城主上杉氏が馬の訓練をした場所だといわれている。<ref>『深谷の地名』(柴崎伊勢三・安部利平著、深谷郷土文化保存会、平成7年)</ref>。
明治6年、深谷宿、西島村、田谷村の連合で、深谷に最初の小学校が高台院に開校した。
明治22年、深谷町の大字となった。

脚注

<references/>